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一宮簡易裁判所 昭和39年(ろ)84号 判決 1966年3月24日

主文

被告人両名を各拘留一〇日に処する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人山岸専吾、同安西伍祐は共謀のうえ、昭和三九年七月三日午後九時三〇分頃から午後一〇時三五分頃までの間に、愛知県稲沢市小池正明寺町地内日軽アルミ名古屋工場と稲沢中学校間の県道稲沢、春日井線上に敷設された中部電力株式会社の所有にかかり中電興業株式会社一宮営業所長橋本義孝の管理する稲沢幹線六一号電柱(稲沢市小池正明寺町一九一三番地先道路上に所在するコンクリート製電柱、それには、同日の以前から引続きペンキで「禁貼紙」と掲示してある。)外一〇本、および同地内の日本電信電話公社の所有にかゝり電気通信共済会東海支部電柱広告課長小林静夫の管理する電柱一二本、ならびに同地内の稲沢市農業協同組合組合長加藤善雄の管理する電柱一四本に、それぞれ電柱の所有者または管理者の承諾を得ず、正当な事由がないのに、「第一〇回原水爆禁止世界大会を成功させよう、愛知原水協」などと印刷したビラ合計八四枚(それぞれ縦五四センチメートル、横一九・五センチメートルの紙)を、いずれも糊を使用して裏面が全面的に密着する方法にて貼りつけ、もつてみだりに他人の工作物にはり札をしたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は包括して刑法第六〇条、軽犯罪法第一条第三三号前段、罰金等臨時措置法第二条第二項に該当するので、所定刑中拘留刑を選択し、その刑期範囲内において被告人両名を各拘留一〇日に処することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(被告人、弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、軽犯罪法第一条第三三号のはり札濫用に関する刑罰規定は憲法第二一条および同法第三一条に違反する、と主張する。

しかし、右刑罰規定は、はり札を濫用する行為自体のみを罰するのであつて、そのはり札の表現する思想を禁止する趣旨をいささかも含まず、また思想の弾圧に向けられる必然性を有するとも認められない。のみならず、憲法第二一条の保障する表現の自由は、絶体無制限のものではなく、公共の福祉を維持することを目的とするものであり、その罪の構成要件の意義は後記の説明において明らかにしたとおりであつて、その趣旨が不明確で特定政党等弾圧の意図に基づいて解釈される危険性をおのずから包蔵しているとは解しがたいから、右刑罰規定は憲法第二一条に違背しないといわなければならない。なお、右刑罰規定は、それ自体において罪刑をともに明らかにしており、その罪の構成要件に該当する行為に出た者を所定の訴訟手続に従い右規定に則つて罰することについて、法の適正手続を保障する憲法第三一条違反を云々する余地のないことはいうまでもない。したがつて弁護人の右主張は理由がない。

(二)  次に、弁護人は、被告人等は憲法第三四条に違反した違法な手続により逮捕され、また証拠の収集についても法定の手続によらないでした本件公訴の提起は無効である、と主張する。

しかし、記録を仔細に検討しても、本件公訴がその主張のように違法な手続によつて被告人等を逮捕し、または法定の手続によらないで収集した証拠に基づいて提起された無効なものであることを認めるに足りるなんらの資料をも見い出すことができないから、右主張はその前提においてすでに失当である。

(三)  さらに、被告人等および弁護人は、被告人等の所為は軽犯罪法第一条第三三号のはり札濫用の罪の構成要件に該当せず、仮りにそうではないとしても罪とならないものである、と主張する。

軽犯罪法は、社会倫理的観点においては比較的軽度の非難にしか値しないが、公安的見地から特に取り締まる必要があると認められる行為を類型別に規定した刑罰法規であつて、日常の社会生活に平和と秩序をもたらし、公共の福祉を保持することを目的とするものである。叙上立法の趣旨および目的に照らして同法第一条第三三号の規定するはり札濫用の罪の構成要件である「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をした者」の意義を解釈すると、右規定にいう「他人の」とは、他人の占有するの意味で、他人は個人にかぎらず法人をも含み、「工作物」とは建物より広い概念で、門、塀、井戸、橋梁、電柱、記念碑、塔、墓標などの土地に定着する建造物を総称し、「はり札」とは、その材料が紙であると木であると金属であるとを問わず、「みだりに」とは、ひつきよう違法性を示すもので社会通念上正当な理由の存在を認めえない場合を指し、したがつて首肯すべき事由もないのに当該工作物の占有者の許諾を得ないで、これにはり札をすることは、「みだりに」の要件を充足し、違法性を帯びるものと解するのが相当である。ところでこれを本件についてみるに、証人以勢節夫は、当公判廷において、稲沢警察署警備係勤務の警察官である同証人が、判示日時頃、判示路上を警ら中、被告人両名が判示電柱にビラを貼つているのを現認した顛末につき詳細に証言している。しかして、右証言を含む前示各証拠を綜合すると、判示のとおり被告人両名の共謀に基づくはり札濫用の事実は、これをゆうに認定しうるのであるから、被告人等および弁護人の右主張はいずれも理由がない。

(四)  本件は、刑訴法第三三九条第一項第二号、または同法第三三八条第四号に基づき公訴を棄却すべき場合にあたらない。

(五)  本件起訴をもつて軽犯罪法第四条に違反し、または憲法第一四条、第三一条、第三四条に違反するとみることはできない。

(六)  弁護人指摘の「捜査手続に重大な違法行為がある事案につき憲法第三一条を根拠として公訴棄却を言い渡した事例」(大森簡易裁判所昭和三八年(ろ)第一、二六四号、同四〇年四月五日判決、(判例時報四一五号一三頁参照))は本件に適切ではないし、右判決の結論についてもにわかに左袒しえない。

叙上の説示に反する趣旨の主張はすべて理由がなく、採用しない。

以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。

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